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名古屋地方裁判所 昭和52年(ヨ)1282号 決定 1977年12月09日

申請人

矢野正三

右代理人弁護士

水野幹男

(ほか七名)

被申請人

旭精機工業株式会社

右代表者代表取締役

大隈武雄

右代理人弁護士

佐治良三

(ほか五名)

被申請人

旭精機工業労働組合

右代表者執行委員長

今村穰

右代理人弁護士

福永滋

松川正紀

主文

一、申請人が被申請人旭精機工業労働組合の組合員たる地位にあることを仮に定める。

二、申請人のその余の申請を却下する。

三、訴訟費用中、申請人と被申請人旭精機工業労働組合との間に生じた分は同被申請人の負担とし、申請人と被申請人旭精機工業株式会社との間に生じた分は申請人の負担とする。

理由

一、本件仮処分申請の趣旨及び理由は別紙(一)のとおりである。

二、よって按ずるに、当事者間に争いのない事実及び疎明資料ならびに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(1)  被申請人旭精機工業株式会社(以下被申請人会社という)は銃弾、プレス機械、変速機等の製造・販売を業とし、従業員約六〇〇名を有する株式会社であり、被申請人旭精機工業労働組合(以下被申請人組合という)は被申請人会社の従業員で組織されたいわゆる企業内組合である。

(2)  申請人は、その主張の日時に被申請人会社に入社し、以来第二事業部第二製造部製造課機造係平削班に配属され、平削盤による機械部品等の生産加工に従事していたところ、昭和四六年四月平削盤担当から平削盤作業の補助作業である面取バリ取り作業に職務換えされ、ついで同四七年四月以降は業務命令を以って同作業担当からもはずされた。

そこで申請人は名古屋地方裁判所に右業務命令効力停止の仮処分を申請したところ同事件は同裁判所昭和四七年(ヨ)第一四一五号事件として係属し、その後同四八年一月申請人が第二技術部(設計・製図担当)に配置転換されたことにともない、右仮処分申請事件において右配置転換の効力についても審理され、昭和五〇年一一月二六日申請人主張のとおりの仮処分判決がなされた。

(3)  他方被申請人会社は右事件係属中の同年一〇月一三日第二技術部における勤務時間中の居眠りを理由として申請人を懲戒解雇(以下本件解雇という)した。

申請人は本件解雇を不服として同年一一月五日名古屋地方裁判所に地位保全等の仮処分を申請(同裁判所昭和五〇年(ヨ)第一二三二号)したところ、同裁判所は同年一二月一日申請人主張のとおりの仮処分決定(以下仮地位仮処分決定という)をなした。右仮処分決定は現在異議事件として同裁判所に係属中である。

(4)  被申請人会社は、被解雇者であることを理由に申請人が被申請人会社構内へ入構することを拒否している。

(5)  申請人は被申請人会社に入社し六ケ月の試用期間を経て「本採用」となった後被申請人組合に加入し、昭和四三年度には青年婦人部幹事を、同四四年度には青年婦人部幹事長を勤めたことがある。

(6)  被申請人組合は、本件解雇により申請人は、従業員の地位を失うと同時に組合員資格も失ったものとして申請人に対し、組合員の地位を認めなかったところ、昭和五二年九月八日開催の執行委員会において本件仮処分申請を組合規約一一条にいう組合員資格の保障要求と解して申請人の組合員資格について討議したうえ本件解雇は正当であるとの判断のもとに、申請人には組合員資格を賦与しない旨再確認し、右は同日引き続き開催された第四回臨時代議員会において承認された。

(7)  被申請人組合の組合規約には「二条、組合は旭精機工業株式会社の社員を以って組織する。六条、社員はすべて組合員である。ただし会社の利益を代表する者、その他労働協約に定める者を除く。九条、組合員は次の事項に該当する場合その資格を喪失する。一、退職、二、六条ただし書により労働協約で定められた者、三、死亡、四、除名。一一条、組合員で司法または解雇の処分を受けたときは組合に対して資格の保障を求めることができる。その場合の取扱いについてはその都度執行委員会で協議する。四〇条、執行委員会で処理した事項はすべて大会または代議員大会に報告し、承認を得なければならない」との定めがある。なお、被申請人会社と被申請人組合との間の労働協約二条には「社員はつぎの各号(各号省略)に該当する者を除き組合員でなければならないとともに、組合員は社員でなければならない」との定めがある。

(8)  被申請人組合は労働協約に基づき被申請人会社から、その施設の一部を組合事務所として無償で貸与され現に使用している。

右組合事務所は被申請人会社正門近く(別紙(二)(略)図面<ハ>―会社構内)に所在するが組合員は組合事務所の使用に際して同図面<イ>の入口及び<ロ>の通路を利用するのが通常である。

三、よって、まず申請人の組合員資格の有無について判断する。

「組合員は社員であるを要し、社員は組合員であるを要する」旨の協約二条、規約二条、六条の趣旨(いわゆる相互締付条項)からすれば社員の地位を失った組合員は、同時に組合員資格をも失うことになるのは明らかであり、規約九条一号、同一一条はこの見地から統一的に解釈されるべきであり、しかるときは、退職者・被解雇者は当然に組合員資格を喪失すべきものとし、例外として、解雇の効力を争う者については、その者が組合に組合員資格の存続を求めてきたときは、その拒否の判定を執行委員会の権限に委ねたものと解釈できる。

従って、被解雇者については解雇を争うものも争わないものも、一律に右九条一号の退職者に含まれている、ないしは同条項が準用されるものと解するのが相当である。

そして組合員資格の存続を認めるか否かの判定は例外措置としてなされるものである以上これを規約により執行委員会の決定に委ねても合理性を欠くとすることはできない。

従って、被申請人組合が申請人の組合員資格について採った前記措置自体を違法ないし不当とすることはできない。

しかし、若し本件解雇が無効であれば、前記協約二条、規約二条、六条の趣旨に照らし、申請人は社員の地位及び組合員資格を失っていないことになるから、規約一一条に基づく執行委員会の前記判定はその前提を欠き何らの効力を生ずるに由ないことになる。

ところで、申請人、被申請人会社間の仮地位仮処分決定は、被申請人組合に対して直接効力を及ぼすものではないが、申請人の組合員資格の得喪は前記のとおり相互締付条項により、社員たる地位の得喪により決せられ、両者は表裏一体の密接な索連(ママ)関係をなしているのであり、この関係に着目すると、被申請人会社との間に本件解雇の効力を仮に停止し、申請人が社員の地位にあることを仮に定める仮処分決定が発せられているときは、被申請人会社との関係においてはもとよりのこと被申請人組合との関係においても、一応申請人は社員たる地位及び組合員たる地位のいずれをも失っていないものとの疎明があったものと認めて差し支えないと解するのが相当である。

四、次に申請人の被申請人会社に対する組合事務所立入りのための妨害排除請求権の存否について判断する。

被申請人組合が現在使用している組合事務所は組合が被申請人会社との労働協約に基づいて同社より同社の構内にある同社施設の一部を無償で貸与されたものであること及び被申請人組合が企業内組合であることは前記認定のとおりである。

ところで右組合事務所貸与については、同事務所が会社構内に在ることからして、当然、同事務所を利用するに必要な範囲内の通路の使用権も組合に認める趣旨であることは明らかである。

従って、被申請人組合は被申請人会社に対して右組合事務所及び同事務所を利用するに必要な通路に関して、契約上の使用権ないしは占有権を有しているものというべきであるから、被申請人会社が不当にこれらの使用・占有を妨害するときは同社に対し組合が妨害排除請求をなしうることは当然である。

然し、組合員は、組合の右使用・占有について占有補助者たる地位にあると認めるべきであるから、特別事情なき限りは、会社に対し、直接に妨害排除請求をなし得ないと解される。但し、組合事務所は、組合員全員のための便益に供する目的で貸与され、組合がこれを管理しているのであるから、もし、組合執行部が、一部の組合員につきその者が組合事務所に出入することを会社から妨げられているのに、ことさらに会社に対し、妨害排除の請求を怠っているような場合においては、当該組合員は、会社に対し組合の有する使用権・占有権を援用して直接妨害の排除を請求し得るものと解するのが相当である。

これを本件について見るに、申請人が被申請人組合の組合員たる地位を有していると認められることは前記のとおりであり、被申請人会社は申請人の会社構内への入構を拒否しているため、申請人は現に組合事務所に立入ることができない状況にある。しかしながら、疎明資料によれば被申請人組合が申請人の組合事務所への通行に関して被申請人会社に対し何らの措置も採っていないのは、申請人は組合員たる地位を失っているとの判断に基づくものであることが認められるから、本件仮処分決定により、申請人に組合員たる地位が仮りに認められたときは、被申請人組合は、申請人のために、被申請人会社に対し同人の組合事務所への出入及びそのための通路使用を認めるよう要請し、妨害排除請求権を行使すべきであるとして、同組合がこれらの措置を任意に履行することは十分に期待できる。

従って被申請人会社に対する妨害排除請求権については、特別事情の疎明が不十分であるというべきである。

以上の説示に反する申請人の主張は採用できない。

してみると、本件仮処分申請は被保全権利につき被申請人会社に対する請求部分は理由がないが、被申請人組合に対する請求部分は理由があることになる。

五、保全の必要性

疎明資料によれば申請人は現在解雇撤回闘争を継続中であり、そのために被申請人組合の援助を必要としているが、被申請人組合は申請人の組合員たる地位を否定しており申請人は現在一切の組合活動ができない状態であることが認められるから、早急に組合員としての地位を保全する必要がある。

六、結論

よって、申請人の本件申請は組合員たる地位を仮に定める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 戸塚正二 裁判官 林道春)

別紙(一) 申請の趣旨

一、申請人が被申請人旭精機工業労働組合の組合員たる地位にあることを仮に定める。

二、被申請人旭精機工業株式会社は、申請人が尾張旭市旭前町新田洞五〇五〇番地の一、旭精機工業株式会社内にある別紙(二)図面表示の組合事務所へ立入ることおよび同図面記載の斜線部分を通行することを妨害してはならない。

三、申請費用は、被申請人らの負担とする。

との裁判を求める。

申請の理由

第一、当事者

一、被申請人旭精機工業株式会社(以下被申請人会社という)は肩書地(略)に所在し、従業員約七〇〇名を有し、銃弾、プレス機械、変速機等の製造・販売を業とする株式会社である。

二、被申請人旭精機工業労働組合(以下被申請人組合という)は、被申請人会社の従業員で組織された企業内組合である。

三、(一) 申請人は、昭和四二年三月、高知県立高知工業高等学校機械科卒業後、被申請人会社に入社し、昭和四二年四月二七日第二事業部第二製造部製造課機造係平削班に配属され、平削盤(プレナー)の先手(助手)として一年半勤務し、その後独立してプレナーによる機械部品等の生産加工を行なってきた。

(二) ところが、被申請人会社は昭和四六年四月二八日申請人に対し、何らの熟練を要せず極めて単純な補助的作業である面取りバリ取り作業への配置転換(以下単に「職務換え」ともいう)を命じた。

(三) 次いで昭和四七年三月三一日被申請人会社は申請人に対し右面取り、バリ取り作業をも奪ったうえ、以後機造工場事務所の片隅に机と椅子を与え、就業時間中机に向って椅子に腰掛けたまま、一切の業務に従事してはならない旨命じた(以下単に「不就労命令」ともいう)。以後申請人は本を読むことすら禁じられ、連日就業時間中机に向って椅子に腰掛けているという苦痛を余儀なくされた。

(四) 右不就労命令に対し、申請人は仮処分命令を申請(名古屋地方裁判所昭和四七年(ヨ)第一四一五号)したところ、昭和四八年一月一二日被申請人会社は申請人に対し、同年一月一六日より第二技術部で勤務するよう命ずる配置転換命令(以下単に「配転」ともいう)を発令した。

(五) ところが被申請人会社は昭和五〇年一〇月一三日、申請人が就業時間中に居眠りしたことを理由に申請人を懲戒解雇した。

(六) なお、申請人は昭和四二年三月、被申請人会社に入社し、六ケ月間の試用期間経過後、本採用となって以来、被申請人組合の組合員として熱心に組合活動をし、昭和四三年度は右組合青年婦人部幹事を、翌年度は右青年婦人部幹事長を努めた。

第二、仮処分決定

一、前記「職務換え」「不就労命令」「配転」につき、貴裁判所は前記昭和四七年(ヨ)第一四一五号業務命令効力停止仮処分申請事件において、昭和五〇年一一月二六日左記のとおり申請人の請求を全面的に認容する判決を下した。

主文

一、申請人が被申請人会社に対し、第二事業部第二製造部製造課機造第一係においてプレーナー操作担当の作業者としての労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二、申請費用は被申請人(会社)の負担とする。

二、前記被申請人会社による懲戒解雇について、申請人は昭和五〇年一一月五日地位保全等仮処分命令を申請し(名古屋地方裁判所昭和五〇年(ヨ)第一二三二号)、昭和五〇年一二月一日申請人の申請を全面的に認容する次のとおりの決定を得た。

主文

一、申請人が被申請人(会社)に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二、被申請人(会社)は申請人に対し、昭和五〇年一〇月一四日以降毎月二五日限り一ケ月六九、七〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

三、申請費用は被申請人(会社)の負担とする。

第三、右仮処分決定に対する被申請人らの態度

一、申請人は前記懲戒解雇発令以後も就労を求めて出勤したが、解雇されていることを口実に被申請人会社より入門を拒否された。

この事態は、前記業務命令効力停止仮処分申請事件の判決以後も変らなかった。

二、申請人は前記第二、二記載のとおり決定を得たので、一二月二日応援する仲間や冨田武生弁護士とともに出勤したが、被申請人会社正門で守衛に阻止され、入構を拒否された。

右守衛の言によれば

「人事部から『仮処分決定には異議を申立てる予定だから入門させる必要はない』といわれている。」

「『矢野が来ても取りつぐな』といわれている。」

とのことであった。

その後も被申請人会社は申請人の再三にわたる就労請求にもかかわらずそれを拒否し、その上構内へ一歩も足を踏み入れることを許さない。

三、申請人が組合用務のため入構しようとした際にも、やはり守衛から入構を拒否され、構内へ一歩も足を踏み入れることができない。

四、昭和五〇年一二月上旬、被申請人組合の執行委員長今村穣は、尾張旭市内にある喫茶店「巴里」において、申請人に対し、申請人が被申請人組合の組合員であるとは認められない旨言い渡した。

右今村の言によれば

「仮処分で君が労働契約上の権利を有する地位にあるとの決定が出たのは知っているが、会社が君を構内へ入れないで争うという以上、またあくまで仮処分であって解雇無効が確定した訳ではないので、君が組合員であることは認められない。組合費など納めてもらっては困る。」

「こんな闘いをいつまでやるつもりだ。早く辞めて他の会社へ行った方がよっぽどましだぞ。」

とのことであった。

その後も、被申請人組合は一貫して申請人の存在を無視して憚らないでいる。

第四、被申請人会社の入構拒否の違法性

一、不当労働行為(労働組合法七条一号・三号)

(一) 申請人の組合活動

申請人は、昭和四三年から昭和四四年にかけて被申請人組合青年婦人部の熱心な活動家であった。即ち、申請人は昭和四三年九月より同年一二月までは組合青年婦人部幹事を、昭和四四年一月より同年九月までは組合青年婦人部幹事長をそれぞれ努めた。特に、昭和四三年一〇月に発生した青年婦人部長の解雇撤回闘争においては、その先頭に立って活躍し、右不当解雇撤回を求めてストライキを行い、右不当解雇を撤回させた。

(二) 労働組合に対する攻撃

ところが、右組合青年婦人部長解雇撤回闘争にみられるごとき、組合青年婦人部を中心とする組合運動のめざましい発展を恐れた被申請人会社は、昭和四四年度の春闘をいたずらに長期化させる中で、反共労使協調路線を軸とする「あさひ会」なるものを結成させ、組合御用化に乗り出した。

昭和四四年九月の組合役員選挙では、更に「あさひ会」推薦の候補者を立てて激しい選挙干渉を行い、御用幹部の当選を画策し、組合に対する徹底した反共宣伝を行ってきた。

(三) そして被申請人会社より申請人に対してなされた職務換え、不就労命令、配転および懲戒解雇ならびに右懲戒解雇を理由に申請人を被申請人会社に入構させないことは、いずれも申請人の組合活動を嫌悪し、申請人を企業外に追放し、もって労組を弱体化せんとする意図でなされたものであり、労働組合法七条一号および三号に違反する不当労働行為である。

二、思想・信条による差別(憲法一九条、労働基準法三条違反)

被申請人会社が、申請人を入構させないことは、申請人の組合活動を嫌悪してなされている不利益取扱いであり違法であることは勿論であるが、これは又、申請人の思想・信条を嫌悪し、これを理由として差別をしているのであるから、憲法一九条、労働基準法三条に違反し、違法である。

昭和五〇年、申請人が懲戒解雇される以前、被申請人会社は、申請人に対し、「会社の方針に合わない奴は辞めろ。仕事は与えない。」「君は赤だ。」などと申し向け、更に「あさひ会」を通じて申請人を「日共」「民青」ときめつけ、それを理由に差別を公言していた。

これらの事実は、現在申請人を入構させないでいることは被申請人会社が申請人を思想・信条を理由に差別していることを自認するものである。

第五、被申請人組合による、申請人を組合員として認めないことの違法性

一、本来、労働組合というものは、会社より不当な扱いを受けている労働者がいる場合、その者の権利を守るため会社と闘う存在でなければならない。現に、昭和四三年当時の被申請人組合にあっては、一人の労働者の解雇問題を全組合員の問題として受けとめ、その解雇撤回を実現した実績を有している。しかるに、現在の被申請人組合、とりわけ組合執行部は前述のとおり、被申請人会社より申請人に対してなされた不当労働行為および思想・信条による差別という事実に目を向けず、逆にそれを認めるかのような姿勢をとっている。ましてや被申請人組合が、申請人を組合員として扱わないことはそれ自体被申請人組合の規約に違反しており、無効な処置である。

二、被申請人組合の規約(以下単に規約という)一三条は、労働組合法五条二項四号を受けて「組合員はすべて平等の権利と義務をもち、年令、性別、職種、身分等により差別待遇を受けない。」と定める。ここに思想・信条による差別待遇については記されてはいないが、組合の団結権は、労働者の生活連帯を基礎として、労働者生活の同質性と実質的平等性の上にたって形成せられる民主的組織に対してのみ保障されるのであるから、思想・信条による差別は性別、身分等による差別と同様、労働組合たることの要請に反して許されないはずのものである。一般的にも、メンバーの自由意思にのみ結合の根拠をみいだす諸団体においても、クリスチャンを排除したり共産党員を排除すれば、今日の法的確信にてらせば公序良俗に反する場合が多く、その約束ないし規約は無効と解せられるのである。いわんや、労働組合の目的が「組合員の強固な団結と民主的組織により、組合員の生活の安定を図り進んで組合員の経済的、文化的ならびに社会的地位の向上に努めることを目的とする」(規約四条)ものであり、その目的に着眼して団結権が保障されているものである以上そのような組合が思想・信条を理由に組合員に差別を加えることは許されないものと言わねばならない。

しかるに、現在の被申請人組合、とりわけ、組合執行部は「矢野君は赤だから」と公言し、組合員とは認めないことを正当化している。

三、さらに被申請人組合が申請人を組合員として扱わないことは、規約九条に違反して無効である。

即ち、右九条によれば、

(一) 退職

(二) 六条ただし書により労働協約で定められた者

(三) 死亡

(四) 除名

の事項のいずれかに該当する場合、組合員たる資格を喪失するとあるが、申請人にあっては右いずれの事項にも該当しない。また二条によれば、組合は被申請人会社の社員を以って組織するとあるが、申請人は昭和五〇年一二月一日名古屋地方裁判所より被申請人会社に対し労働契約上の権利を有する地位にあることが決定で認められた(名古屋地方裁判所昭和五〇年(ヨ)第一二三二号)のであるから、この面からみても組合員の地位を喪失したとは認められない。

第六、保全の必要性

被申請人会社が申請人に対して加えている不当労働行為および思想・信条による差別を取り除くためには、申請人がその実情を被申請人会社に働く仲間に知らせ、その仲間の支援を得てこそ始めて可能である。とりわけ、被申請人組合が、申請人のために被申請人会社に対しその改善を迫ることが最も必要である。

しかるに、現在、申請人は被申請人会社の構内に一歩も足を踏み入れることができないでいるし、被申請人組合からは組合員として扱われないでいる。

申請人は、かような情況を打破するため、本案訴訟提起を準備中であるが、その確定に至るまでには長期間を要する。他方、被申請人組合の役員選挙は今年も九月中旬に行なわれることは明らかであり、この役員選挙に申請人も立候補し、被申請人会社の申請人に対する不当な扱いを改善するよう組合員に訴えることを予定している。被申請人組合のような企業内組合にあっては、組合活動は会社施設内で展開せざるを得ない必然性があるため、早急に申請の趣旨記載の決定を受ける必要があるというべきである。

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